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人生最大の恩師の訃報。

 

エントリーしてはやめ、書いては消し、迷いに迷って、数日経った今も心のざわつきは消えず、自分自身の心の為にも書かせて頂く事にしました。

 

今記事はアドセンス広告を貼らず、いま、葬儀が行われているこの時間の投稿にて、恩師 綾小路竹千代氏とご家族、ACQUAスタッフに捧げます。

 

 

人生最大の恩師 綾小路竹千代 氏の訃報。

2022.9.19 朝
連絡を受け、言葉にならない声が出た後、震えが止まらなかった。

闘病していたのは伺っていたけど、まさかお亡くなりになるなんて、、

秋には美容師に復帰する目標だったのに、、

 

 

まさか

いやそんなわけ

あの綾小路さんが?

エネルギーの塊みたいな綾小路さんが???

 

信じたくない自分と、信じられない現実と、全くない実感に、頭と心がぐちゃぐちゃになりならがら、ぼんやりした頭で半日を過ごした。

 

 

 

ご自宅への弔問

 

まさかさせて頂けるとも思っていなく、心から震えた。

8年ぶりに門戸を叩く。修行していたサロンへの来訪。

この記事でもお世話になった熊谷総店長より詳細を頂き、お通夜前の弔問に伺わせて頂くことに。

 

 

お通夜前の弔問は、基本的にはとても近しい関係、親族のほか、家族同然の関係だった友人のみという認識だったので、

ACQUAを辞めて7年、綾小路さんにお世話になった元スタッフ の中では若造の部類の僕が、良いのかなと思う部分もありつつ。。

 

弔問には、やはりACQUAを古くから支えた錚々たるメンバー、先輩というにも烏滸がましいくらいの皆様と、綾小路さんの戦友ともいうべき同世代のレジェンド美容師さん等、それはそれは物凄い方々が集まっておられました。(僕が居合わせた時間だけでも)

 

『心を込めて伺わせて頂く』

 

と誓ったものの、何をどう伝えようと考えても頭が真っ白な中到着し、記帳簿を書いていたら、綾小路さんの奥様がいらして下さり目を合わせた瞬間に僕の感情は決壊した。

 

僕は普段感情を出さないし、ポーカーフェイスで生きる事をモットーにしているのだけど、自分でも考えられない取り乱し方だったと思う。

 

在籍時に良くして頂いた奥様の優しい眼差しと表情は、一番辛くて大変なはずなのに、、当時と変わらぬ奥様の尊容に綾小路さんを感じた というのが正しいかもしれない。

言葉にならないお悔やみと想い出と心からの感謝をお伝えし、最期に綾小路さんとゆっくりとした時間を過ごさせて頂きました。

 

 

美容師として大切な事の全てを教えて頂いた。

綾小路さんと出会い、指導して頂き、同世代のスタッフの中でも深く関わらせて頂いた事は、僕の美容人生最大の財産だし、今の僕を作っている事は間違いない。

20歳で入社したのがACQUAじゃなかったら、綾小路さんと関わりがなかったら、今の僕はないと断言できます。

 

 

 

 

とまぁ何年も前から色んな所で公言はしていて。

取材なんかでもよくルーツを聞かれますが、間違いなく綾小路さんの名前をいの一番に出してきたというか、自然に出ていたという方が正しいかもしれません。

 

そんな中でも、最大の想い出が

 

 

2011年9月、ミルボン主催の 綾小路竹千代 上海単独ヘアショー に帯同させて頂き、綾小路さんと2人でステージに立たせて頂いた事

あの綾小路竹千代と2人でヘアショーのランウェイに立った美容師さんって、他にいるのだろうか?(同時の最年長スタッフですら知らないと)

それを若輩者の僕が、、

 

と恐れ多すぎるシチュエーションでしたが、この経験は間違いなく僕の宝物で、生涯の財産です。

ランウェイの先頭でカットしていた綾小路さんの姿、今でも鮮明覚えていますよ。

 

 

 

多くの人の心に残る偉大な人

弔問にいらっしゃる方々をはじめ、綾小路さんとの思い出を語ると、多くの方が『綾小路さんに出会って人生が変わった』と口を揃えて仰る。

 

僕も間違いなくその一人です。

 

そして多くの方の心に残るお人柄と仕事ぶりは、まるで美容界の長嶋茂雄そのものだなと、僕は思っていて。

 

カリスマ美容師ブームを創り、美容師を『パーマ屋』→『ヘアデザイナー』に変えた方。

ヘアスタイリングブランド ニゼルシリーズを生み出し、カットとワックスだけで翌朝に美容室の仕上がりを再現できるようにされた方。

なりたい職業No. 1になる時代をつくり、キムタクが美容師役の主演ドラマなるほどの社会現象の発起人。

 

などなど、伝説は語りきれないし、いくらでもありますよね。。

 

 

 

 

デビュー時に頂く『茶碗』

ACQUAでは、スタイリストデビュー時に綾小路さんから茶碗を頂く という文化がありました。

 

飯を食えるようになったな。という意味を込められたモノ。

リクエストqj naviより

僕が頂いた茶碗はコチラ↓

正直、割ったら嫌だから安易には使えなかったけど、記念や節目の日には使わせて頂いていました。

デビュー時はまだまだ飯が食えると言えるような稼ぎでもなかったけど、今なら胸を張って言える。

 

綾小路さん、僕、美容師で飯食えるようになりましたよ。

 

一生大切にしようと思っていたのに、まさかこんなに早く形見になるなんて。。

 

 

直接伝えられなかった、感謝

ずっと会いたいと思って(一方的に)いたけど、まだいける自分ではない、と過ごした30代前半。

それが2年前くらいかな?

よし、そろそろご挨拶に行こうと思えるようにはなったけど、なかなか勇気が出なくて二の足を踏んでいた。

2022年7月に、ACQUAで髪を切って頂いた事をキッカケに関係も復活し、その時に綾小路さんへのご連絡をと思っていたけど、間に合わなかった。

 

伝えたい感謝の気持ちは、迷わずすぐに伝えろ。人はいつどうなるかわからない。とはまさにこの事で、人生最大の後悔でした。

 

しかし、弔問時に..

 

この辺りのツイートや記事を、少し前に綾小路さんのお嬢さんが見つけてくださり、綾小路さん本人に見せてくれたそう。

 

弔問時、綾小路さんも一緒にいる中

『本人とても喜んでました』

とお嬢さんから聞いた時の僕の心模様は、安西先生を前にした三井寿の如く、膝から..(略

 

ネット発信をしていてこれほど嬉しく、良かったと思った事はなく、ひとつ心が救われた部分でもありました。

伝えてくださり本当にありがとうございました。

 

 

恩返しをしていくには。

もう直接の恩返しはできない。

じゃあ僕に、僕らにできる事は、綾小路さんが愛して、教えてくれた『美容師』という仕事を生涯かけて一生懸命やる事。

 

『サロンワークはヘアショーじゃない。お客様の明日の笑顔をデザインする事だ。』

 

綾小路さんがよく言っていた事。

 

そして、美容師という仕事で 飯を食う事。家族を食わせる事。親孝行する事。

 

多分、僕にできるのはこれだけだ。

だから、教えに恥じないよう粛々とやっていくしかない。

 

幸い、ACQUAとも良い関係を再構築させて頂けそうな運びになってあるので、時間をかけてゆっくりと止まった時計の針を進めていきたいとも思っています。

ぜひよろしくお願いいたします。

 

 

本日の綾小路竹千代 氏の旅立ちが安らかなものでありますよう、心からご冥福をお祈りいたします。

 

【訃報】

 

 

 

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